下町歴史部

谷中・根岸の散歩みち(3)
『羽二重団子』

さぁ、田中教授の道案内で
ぶらぶら歩いた谷中・根岸の散歩みち。
そろそろ終点「日暮里駅」に近づいてきました。
おっと電車に乗るのはまだ早い?
旅の締めにと、
半日歩いた教授が教えてくださったのは、
こちらでした…。

↓ ↓ ↓



江戸文政の頃、
根岸の里は、菜の花に蝶が舞い、
空に雲雀(ひばり)が我が物顔に囀(さえず)り、
清流音無川の遥かに薄青き筑波山が霞んでいる。

やがて塵外の風情を感得した文人墨客が隠棲し、
あるいは、見越しの松に黒塀、
三味の音が風に送られ山吹も揺らぐ、
粋人望外の小天地であった。

ーー文政二年(一八一九)、ここの音無川のほとりに、
初代澤野庄五郎は「藤の木茶屋」という、
よしず張りの掛茶屋を開いた。
人々は藤の下で菜飯を食い、田楽を肴に酒を呑む。
往来の人々には田舎団子を供した。すると、
きめ細かく羽二重(はぶたえ)のような、滑肌の舌ざわりが評判となり、
いつしか藤の木茶屋は「羽二重団子」と呼ばれるようになった。

浮世絵師・伊藤晴雨が描いた羽二重団子を参考に、田中教授が描いた当時の店構え。そのあたりのお話しはこちらで…。


以来二百年、江戸の素朴な味を伝えている。
椚(くぬぎ)の消し炭で焼いた生醤油の焼団子と、
渋抜き漉し飴団子の二種類とも、現代の東京に類をみない逸品である。
昔ながらの秘法に加えて、素材の選定に厳しい苦心が払われている。
原料は最良質のうるち米。江戸前の団子は歯切れの良さが身上で、
よくつかないと羽二重にならないし、つきすぎてもぐちゃぐちゃと歯ぬかりになる。
納得いかなければ、全部捨てて最初からやり直す。

団子の風味は繊細で賞味はその日限り。
だから夕方になって、「土産に15人前欲しい」といっても売らない。
残したら客は翌日食べますからね。
江戸っ子とは、店を潰すより笑われる方がつらい人種という。
代々主人は四時に起き、大勢の従業員の先頭に立って指揮を執る。

「夜遊びはいくらでも結構、その代わり朝は必ず四時……。」
これじゃ芸者遊びもままならない。

家訓は、団子以外に手を拡げぬ『一品商い』。
この信条が二百年の暖簾を守っている。


ーー幕末の戊辰戦争では、
上野寛永寺に彰義隊が立てこもり、維新政府軍と激戦を繰り広げた。
敗走隊士は谷中から、いも坂を駈け下ってくる。
三代目は家屋に戸板を打ち付け、団子を蒸すせいろを持って避難。
彰義隊士は戸板を破って逃げ込み、野良着に着替えて落ち延びていった。
その時、縁の下に置いていった槍や刀、
飛んできた砲弾などが、歴史資料として残されている。


ーー明治十六年、国は威信をかけた鉄道建設に着手した。
時勢は「富国優先、官尊民卑」。
今では想像できない「官命令」が出た。
用地買収も済まないのに澤野家の土地いも坂一帯を、
鉄道用地に召し上げる。
日本国有鉄道は東北本線の工事に取り掛かった。
以来一五〇年、現在の山手線、新幹線、常磐線、高崎線、私鉄の京成本線と、
毎日2500本が走行する。


ーー時代が落ちつくと、
羽二重団子は、文豪名作の舞台となる。
森鴎外は風雅の里を味わうために、馬に乗ってやってきた。
なんと辛口の酒と共に、団子を肴に味わうのである。
夏目漱石は「吾輩は猫である」。
泉鏡花は「松の葉」。
久保田万太郎は「うしろかげ」と、
名作中に鮮やかに描かれている。


浮世絵師・伊藤晴雨もまた、駒込動坂から谷中を超えてやってきた。
藁葺屋根の旧店舗を描いている。

最後の浮世絵師と言われた伊藤晴雨が描いた羽二重団子。実は、60年前に田中教授が東京に出てきて働き出した会社に、伊藤晴雨翁が仕事で出入りしていたそうです。(編集部注)




〽芋坂も 団子も月の ゆかりかなーー。


17音の革新者、正岡子規が上根岸八十二番地に居を構えたのが明治二十五年である。
以来亡くなるまでの十年間、贔屓にしている。
明治三十四年九月四日の日記「仰臥漫録(ぎょうがまんろく)」に、
芋坂団子買来たらしむ。「あん付き三本焼一本を食う」。
これに付き悶着あり……多分妹の律さんと団子のことで言い争いがあったのであろう。
死を目前にした子規居士の旺盛な食欲、
人間味を髣髴(ほうふつ)させる。


ーー週末朝の静かなひととき、
かれこれ五十年近く、羽二重団子を訪れている。
王子街道いも坂石碑に見る根岸の佇まい。
暖簾をくぐれば渋茶と団子の極み、
風雅の里が偲ばれる。

六代目庄五郎氏が主宰する「団子寄席」に初回から参加した。
林家一門の落語と、郷土史家でもある庄五郎氏の「根岸よもやま話」。
大広間の参加者が団子と共に、江戸、明治、大正の
三絃の音至る処に聞かれた根岸風情を堪能する。
噺家さんが袖で気をもむほど味のある語り、
客は増々膝を乗り出すが時間の制限もある。
やがて七代目を継ぐことになる司会の澤野修一社長も、
名残り惜しそうに「次回ご期待!」。

何んとも味のある「だんご寄席」だった。




そして『谷中・根岸の散歩みち』全3回、
これにてお開きでございます。

鶯?になった田中教授の眼に映る散歩道。


<文・イラスト 田中けんじ>

田中教授! 美味しかったです!

谷中・根岸の散歩みち(1)『夕やけだんだん』

谷中・根岸の散歩みち(2)『鶯谷の新世紀』



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