下町歴史部

谷中・根岸の散歩みち(2)
『鶯谷の新世紀』

日暮里から歩き始めた散歩は、
ぶらぶらと鴬谷へ。
以前は聞こえただろうホーホケキョに思いを馳せながら、
今日はこちら。
映画のヒットをご記憶の方も多い…
と信じて参りましょう。

↓ ↓ ↓

ーー大正12年関東大震災、その後の都市開発が山蔭を吹き荒れる。
谷は切り崩され、
清流音無川は流れが絶え、
鶯の里は姿を消した。
……忘却の面影『うぐいす谷』。

山手線や駅前のバス停は鶯谷でも、行政の地名は存在しない。
一日乗降客二万五千人弱。
新宿の三十分の一にも満たない鴬谷駅は、
ときに廃駅も囁かれる。




ーー黄昏せまる鴬谷崖線。
車窓に映るネオンのホテル街、
「欲望と云う名の電車」がホームに入ってくる。
〈根岸二丁目〉
新宿に限らず、何故か〈二丁目〉には
心惑わす雰囲気が漂っている。
魔性のウグイスが爪を磨く鴬谷の素顔とは…


『いらしゃいませ、いらっしゃいませ。
 スポットライトに照らされて、
 本日のゲストは、
 ♡かもめのケイ子、ヨー子のショウでございます。
 二人の熱い舞台を心ゆくまでお楽しみくださいませ。
 それではレッツゴーミュージック!』


そそっかしいのが、
本当に鴬谷にストリップ劇場があると思ってやってきた。
架空の劇場「うぐいすだにミュージックホール」は、
昭和50年、笑福亭鶴光が
オールナイトニッポンで唄う、
シャレの歌謡曲だった・・・・

現実の週末は、約500人の紳士淑女が
新坂下のダンスホール「新世紀」にやってくる。
王子様とお姫様の素顔は、
町工場の社長からスーパーのレジ打ちママと多士済々。
フレッド・アステア、シド・チャリシー気分で踊りまくる。
1969年、社交ダンスの殿堂「新世紀」は誕生した。




ーー1996年の大ヒット映画『Shall we ダンス?』が、
社交ダンスのイメージを変えている。
「時代遅れ、何か怪しげ…」と思われがちであったダンスが、
健全なエンターティナーとして見直され、
OLなど若い女性ファンが増え、
イメージアップにもつながっている。

いつもの会社帰り、
電車は鶯谷駅に近づき、スピードを落とし始める。
杉山正平(役所広司)はふと車窓を見上げる。
寛永寺陸橋わきに明るいダンス教室が眼に入る。
窓辺に佇む物憂げな女性。
その気高い雰囲気に目を奪われる。
次の日、また次の日もその場所で見上げるが、
期待は裏切られた。
そして数日後、
思いきってダンス教室を訪れ、
社交ダンスを習うことにした。
彼はダンス教師、岸川舞(草刈民代)に心が揺れ動く。
やがてそれは、
彼女の美しさをしのぐ精神性を育ててゆく、
淡い恋のすがすがしさ……。

『Shall we ダンス?』

二人のラストシーンがいとおしい。

ーー舞台設定が『鶯谷』。これが親近感を覚える。
公開から25年、主人公気分でロケ地周辺を辿ってみた。
車窓に眺めた寛永寺陸橋のダンス教室は既に無く、
メモリアルパークという墓地に変わっていた。
映画の舞台になった「新世紀」は、
上映以来盛況が続いている。
ダンスを見ながらランチを楽しめるとは…。

歴史に翻弄された風雅の里。
今はその面影もなく、現代に息づく稀有な街である。


散歩の旅、日暮里に向けてぼちぼちと…


<文・イラスト 田中けんじ>


『新世紀』の公式ホームページ。



谷中・根岸の散歩みち(1)『夕やけだんだん』

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