下町歴史部

浅草ロック。
<後編>
中華の元祖「來々軒」



Rock、ロック、六区。

1年前、
「僕の体は浅草で出来てるんです」と教えてくださった田中教授、
ほんとに六区が大好きでらっしゃるんだなって、
そう思います。

そのおかげで、
私も少しは浅草のことを、
いや、六区のことを知ったつもりになった気分です。

さて今日はそんな浅草六区から、
少し足をのばして歴史の旅にでかけます。




六区の「へそ」と呼ばれる
ブロードウェイ中央の「公園六区交番」。
明治以来、浅草の歴史を見つめる姿は、
浅草にやってくる人たちにとって
観光案内所のような役割も任っている。

六区ブロードウェイがすしや通りに接する地点で
空を見上げればアーケードの上に

“浅草はいつもモダン”…

浅草が生んだ軽演劇のスター、
『エノケン』こと榎本健一が迎えてくれる。


―――実はこのエノケン、2011年3月、
すしや通りの冨永理事長の依頼で描かせて頂いたが、
足場を組んだ15mの頭上、
ブロードウェイの賑いを眺めての作業は印象的であった。
なんと完成後に東日本大震災のグラグラ…命拾いの作業だった。

エノケンの下にあるのがBUNKA HOSTEL TOKYO。
明治時代、この角地に
町中華の元祖『來々軒』があった。
日本で最初のラーメン屋である。

創業は明治43年(1910)。
横浜の税関に勤めていた人が、
中華の魅力を
当時日本一の繁華街浅草で拡めようと、
中華街の料理人を引き抜き連れてきて、
浅草すしや通り角に店を開いた。


それまでも東京市内には支那ソバ屋があったようだが、
本格的に支那ソバ(ラーメン)・シウマイと云った大衆中華を、
安価で提供する店はなかった。

初物食いに眼がないエンコの人たち、
あっさりとした出汁の東京支那ソバが
舌をとらえて爆発的な人気となり、
一日に三千人の客が押し寄せたこともあり、
すしや通りが支那ソバ通りになるほどの大人気。
大正から昭和にかけて『來々軒』に続けと、
次から次へと支那ソバ屋が誕生し、
現在のラーメンブームにつながる
町中華の先駆者となった。



―――昭和7年
「紙芝居黄金バット」作者加太こうじさんも
「來々軒」にはまった常連。

随筆には…


『仕事の息抜きは浅草、
 二つの楽しみがあった。
 神吉町の仕事場を出て、
 かっぱ橋本通りを浅草に向かうと
 六区の灯りが見えてくる。
 胸が高なり、思わず
 着物の襟を合わせるのが“クセ”だった。
 すしや横丁角の『來々軒』に並んで支那ソバをすする。
 五臓六腑にうまさがしみわたる。
 腹をこしらえたら松竹座へ行く。
 その頃の浅草はエノケンが絶大な人気で、
 三階奥まで客がびっしり、
 二階の客が押されてぶらさがる。
 エノケンが “ 危ない!” と叫ぶ間もなく
 一階へ落ちてくる。
 とにかく客が降る浅草だった。』



―――そんな平和な良き時代だったが、
いつしかきな臭い戦争の臭いが漂い始めた。
絶大な力をつけていた軍部が、
昭和16年12月、米国に宣戦布告。
太平洋戦争が始まった。
戦時となれば国内事情は一変、
飲食業どころではない。

昭和19年(1944)、
余儀なく來々軒は閉店することになった。
あっさりした支那ソバ、東京ラーメンの味は跡絶えた。

現在国内に
『來々軒』の名前の店は150軒以上あると云う。
その中で浅草『來々軒』の流れを酌むのは、
目黒区裕天寺にある『來々軒』一軒のみ。
創業者が戦前、浅草『來々軒』で料理長をしていたが、
昭和八年に暖簾分けで独立、
目黒区裕天寺に『來々軒』を開いた。


戦時の休業はあったが
戦後復活して、現在に至っている。

実は30年ほど前、この店に
地元の知り合いの人と一緒に訪れたことがある。
上品な味は舌が憶えている。
雑煮に飽きて松も取れた今年の大寒、
銀座線は渋谷で乗り換え、裕天寺へ。

それにしても渋谷駅は
パズルのような地下迷宮になったなァ、
東横線が地下5Fとは……

裕天寺駅もピッカピカ、
『來々軒』も
当時の小さな町中華は中華大飯店の店構えに。


地元で愛されるのが感じられる。
看板には昭和八年創業 全国來々軒のルーツ、
裕天寺『來々軒』とある。


開店と同時に広い店内は埋まってゆく。
久し振りの元祖支那ソバ。
透き通るような熱々スープ。
先ず味わってくださいとレンゲが添えてある。
くぐらす細麺も私好みだ。
中央にしっかり馴染んだチャーシューが圧倒して
メンマとの一体感にクラクラする。

明治・大正・昭和、
エンコの人たちを虜(とりこ)にした味が、
裕天寺の片隅で綿々と生きている姿に感激した。
世はラーメンブーム。
名だたる達人が腕を競う店はあれど、
百年以上の伝承は例がない。

この味なら千円でも安かろうと、
伝票を手に取って驚いた。
価格まで元祖感覚である。
丁寧な仕事に店構え、
どう考えても650円は安すぎる。
心意気に胸がつまる取材だった。

<文・写真 田中けんじ>



「來々軒」で検索すると、
これでもか、というくらい
webの記事や画像が出てくる出てくる…

今回、そのお名前を聞いた時も、
初めての語感じゃなかったのは、
それは行ったことがないということはさておいて、
数多くの漫画やドラマの一コマで、
背景として描かれてきたであろう場面を見たことがある…
そんな儚い記憶があるからだと思います。

ぜひ今度、足を伸ばして、
教授の味の記憶に近づいてみようと思いつつ、
浅草に行くと、つい引き寄せられるように
入ってしまうお店があります。

下町中華の「ぼたん」さん!

店内には、
田中教授作の浅草MAPもあります。



下町歴史部に「來々軒」さんあり。
ドーミーインの歴史に「ぼたん」さんあり。

人に歴史あり。
それは、ぐるりぐるりと回っているのでありました〜。





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